人ってあまり意識しないで、「普通は」とか「一般的に」とか「みんな」とかいう言葉を使って話していますよね。そういう言葉で話すことによって、自分の話していることが何か正しいような、他の人と考えを共有しているような、裏付けがあるような安心感が持てるからでしょうか?
昔、心理療法のトレーニングを受けていたときに「みんなそうですよね」というようなことうっかり言うと、すかさず指導者から「みんなって誰?」って突っ込まれました。そして「世の中にはバラバラな別々な人間がいるだけなんだよ」って幾度となく訂正されたことを思い出します。それを言われ続けているうちに、それ自体が心理療法的な効果を発揮し、どことなく自分が物事を前よりは自由に見れるようになっていった実感があります。
そうです、心理療法はこのように「固まっている考えや認識」を解きほぐす、組み立て直す作業でもあります。
相談に来る方の中には「人の輪に入れない」と話される方もいます。それは生活している中で、いろいろなことを共有して仲良くしている人の集団から、疎外されていると悩まれている方の体験です。
でも「その輪」の中の人は、私の指導者的に言えば「一人一人バラバラで、考えも感じ方も違う」と考えると、現実にはそんな「輪」は存在していないし、「輪」という考えで遠ざけられていた人々の中に、自分と同じ感じ方の人がいるかもしれないと希望を持つことに繋がっていくと思いませんか?
人を塊にして、同質にする見方って、安心という錯覚も生み出すけど、自分を縛ったり、苦しめたりすることにも繋がっているようです。




